「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第102話
帝国との会見編
<それぞれの考え>
此方の準備が終わり、もう何時呼んでもらってもいいですよとヨウコから外で控えている迎賓館詰めのメイドさんに伝えてもらう。
そして会談の場への案内人が来るまでの少しの間だけでも情報を集めようと、私はギャリソンが用意してくれた羊皮紙に再度目を落とした。
いくら気を追わないと言っても本当に丸腰でいけるほど私は図太くないし、そんな状況でも何とかうまくできるなんて思えるほど自己評価も高くないからね。
だけど、
「う〜ん、読めば読むほど私との格の違いが思い知らされるわねぇ」
「いえ、アルフィン様がバハルス帝国の皇帝陛下より劣っているなどと、そんな滅相も無い事です」
私の独り言に、ギャリソンが反応して即座に否定の言葉を投げかけてきた。
でもさぁ資料を読めば読むほど、どう考えても私の方が劣っていると思い知らされるのよねぇ。
なのにギャリソンのこの反応だもの。
現実的に考えて、この部分だけはきっちりと私たちの共通認識にしておかないと後々面倒な事になりかねないからと、私はこの場にいるメンバーにも伝わるよう彼にきちっと釘を刺しておく。
「ギャリソン、私たちは何? 都市国家イングウェンザーとか言う仮初めの物ではない、本当の私たちよ」
「・・・ギルド”誓いの金槌"でございます」
なんだ解ってるじゃない。
そう私たちは国家なんて崇高なものじゃない、あくまでただの一ギルドなのよ。
「そうよ。物を作り、その品物の価値を見極め、適正な価格で売るマーチャントギルド”誓いの金槌"よ。そのギルドの長が自分の価値を見誤るなんて恥ずかしいこと、できないのは解るでしょ? それなのにそのギルドが母体の仮想国家である都市国家イングウェンザーの家令であるあなたが、そんな身びいきの判断をしてどうするの?」
所詮私はデザイン会社の社長をしていた程度の一般人なんだから、大国の皇帝陛下と比べて劣っているのは当たり前なのよ。
でも、劣っている事をちゃんと認識していれば早々ヘマをする事はない。
私だって大会社の人たちと商談をしてきた経験があるんだから、気後れさえしなければ何とかなるはず! まぁ、今回は時間が無くて情報を入れる時間が少ないから不安ではあるけどね。
「幸いな事に此方が劣っているのが解る程度には情報が集まっているのだから、その事実はちゃんと受け入れておかないと。前提条件が間違っていれば全てを間違えてしまうのは解るわね? だからこそ情報は正確に、今の自分の実力と立ち位置をしっかりと見極めて商談をするのが一番大事なことなの。自分を過大評価する愚か者は、どこかで必ず失敗して足元をすくわれるだけだわ」
「解りました。差し出がましい口を利いてしまい、まことに申し訳ありませんでした」
私の言葉を租借し、ちゃんと理解した上で納得してくれたという事が解るギャリソンの表情を見、口調を聞いて私はほっと一安心。
だってこれがもし口先だけで、実はまったく納得をしていないなんて状態だったら困るもの。
私にとってギャリソンはもしもの時の保険みたいなキャラだから、各国の力関係をきちんと納得した上で冷静に状況判断し、集めた情報を基にして助言をしてくれないと困るからね。
「解ってくれたのなら良いのよ。あなたやメルヴァの方が私より頭が良いのだから本来なら正確な状況判断をして私に助言してもらいたいのに、いつも私のことを過大評価して変な意見を言うからちょっと困っていたのよね。集めて来る情報は正確なんだから、後は私の実力を正確に見極めること。今回は仕方がないけど、次からはしっかりと私やシャイナたちの事を理解し、それを含めての状況判断を元に私に助言をしてくれたり、周りに指示を出したりするのよ。それがこれからの宿題ね」
「畏まりました」
と言ってもまぁ、彼らが私の実力を正確に分析できるとは思っていないんだけどね。
だって過保護すぎるほど過保護だし、忠誠心にいたってはちょっと行過ぎなくらいですもの。
でも私の実力はそれほどでもないという事が頭の隅にでもあれば、いずれ適切な助言をしてくれるようになると私は信じてる。
ギャリソンもメルヴァも、そしてその他の子たちも私なんかよりずっと優秀なんだから。
コンコンコンコン。
そんなことを考えていたら、ドアからノックの音が聞こえてきた。
いけない、会話をしているうちに結構な時間が経ってしまっていたみたいね。
ドアがノックされたという事は会談の準備ができて私たちを呼びに来たと言う事なのだろう。
うわぁ、結局殆ど準備する時間が無かったよ。
でもまぁ後悔しても後の祭りだし、時間が来てしまったのだから行くしかないだろう。
「迎えが来たみたいね。それじゃあ行きましょうか」
そう言って私は羊皮紙をギャリソンに渡し、ソファーから腰を上げた。
■
アルフィン嬢の準備が整ったという事で、ホストである我々は会談が行われる部屋へ先に入る。
そして此方の準備が整った所で、彼女たちの元へ案内の者を向かわせた。
「さてロクシー、都市国家イングウェンザーの者たちがこちらへと来るまでの少しの間だが、今日改めてあの者たちを見た所の印象を聞かせてもらえるか?」
「アルフィン様たちの印象ですか?」
少しだけ考えるような素振りを見せ、そして顔をあげたロクシーは私に対してこう言った。
「そうですねぇ、例えるのならしっかりとした教育を受けた箱入り娘、ですね」
ふむ、少し変わった印象を受けたのだな。
「箱入り娘か。なぜそう思ったのだ?」
「あの方はとても頭が回ります。それに話した印象では地位ある者との会話にも慣れているようですからパーティーなどの社交の場にも何度かお出になられていると思いますわ。ああ、これに関してはあのダンスを見れば自明の理ですわね。ただ、危ういのです」
危ういか。
私は甘いと感じたが、ロクシーは甘いではなく危ういと評すのだな。
だがなぜだ?
「危うい?」
「はい。アルフィン様は何と申しますか、悪意に鈍感なのです」
ロクシーはそう言うと、のどを潤す為に目の前に置かれたカップに口をつけた。
ほうっ。
そして、そう一息ついてから話を続ける。
「最初に御会いした時、わたくしは彼女の素の表情を見るために、他国の来賓を迎えるにはあまり相応しくない質素なドレスで、なおかつ扉に背を向ける状態でアルフィン様に御会いしました」
「お前が質素な服を好んで着用するのは相手の素を引き出す為だというのは承知している。だが今回は客人を、それも都市国家とは言え他国の女王を迎え入れるのに背まで向けたのか?」
これは普通ではありえない話だ。
通常他国の者を迎え入れる場合、重要な使者ならば入り口で出迎え、そうでない者であっても扉の方を向いて迎え入れるのが一般的なマナーであり、入ってきた時に表情が見えないなどと言うのはどちらかと言うと非常識に当たる行為なのだから。
「はい。と言うのもわたくしは初め、もしかしたら都市国家イングウェンザーなどと言う国は存在せず、アルフィン様もその地位を語る者ではないか考えていたからなのです」
「なんだと?」
これは初耳だ。
「ふふふっ、だってわたくしの耳に入る話があまりに荒唐無稽なものばかりでしたもの。金貨5000枚もするルビーを他愛無い情報の報酬に渡したとか、騎士貴族とは言え鉄の塊をたやすく切り裂いたとか。初めてに聞いた時は皆、幻覚でも見せられたのではないかしら? と思わせる話ばかりでしたもの。その上、この都市の騎士からの報告では妖精まで使役していると言うのですよ? わたくし、アルフィン様の事を、もしかしたら悪魔か何かが化けているのではないかしらと疑ったくらいですわ」
「うむ。確かに、その話だけ聞けばそう考えても可笑しくはないな」
シャイナという騎士貴族の話など、実際に先程のダンスを見るまではいくらなんでもそれは無い、まさに眉唾物ではないかと思っていたからな。
ロクシーの見立て無しに報告だけかいつまんで聞いていたら、私も一笑に付していたかもしれない。
「悪魔と言うのは古来より人を騙すのがうまいと言います。ですから不意をつき、怒らせ、その本性を見ようと考えたのですわ。ところが、結果は前に御話したとおりですのよ。わたくし、自分の馬鹿さ加減につい笑ってしまいましたわ」
「一瞬驚いた後、満面の笑みを浮かべた、だったか?」
アルフィン嬢は悪戯を仕掛けられ、まんまと引っかかってしまった事に対する照れ隠しであの満面の笑みを浮かべたのではないか? と、その後の会談の様子から、そう推測されるとロクシーは言っていたな。
「ええ。きっとあの方は自分が試されていたなんて考えてもいなかったのでしょう。会談が始まると勤めて微笑を浮かべた表情を作られていらした事から考えても、あの笑顔は意図したものではありませんわ。きっとあれこそがアルフィン様の素なのでしょう。しかし、それだからこそ危ういのです」
「自分が試されていたと言う事に気付かず、それを悪戯と思い笑顔を浮かべたか。確かに悪意に疎いと言うお前の見立ては間違いなさそうだな」
ロクシーは頷く。
「はい。でもしっかりとしている所はしっかりとしているのですよ。今回のパーティーも急だったにもかかわらずカロッサ子爵のところに使者を送り、情報を集めていたようですもの。わたくしとしては帝都のパーティーと違い、上級貴族が一人も参加しない小規模のものですから作法などにそれ程気を使わず、当日少しだけリハーサルをして双方の作法の違いを確かめた上ですりあわせ、それが難しいようなら儀典官より『急な御参加ですからアルフィン様は都市国家イングウェンザーの正式な作法で御振る舞いになられます』と参加者に伝えるつもりでしたのに、蓋を開けてみたらしっかりと我が国の作法を勉強していたのです。わたくし、それを知って驚いてしまいましたわ」
「ほう、あれはお前が示唆したものではないと?」
「ええ、アルフィン様が予めお調べになられて、10日間の内に此方にあわせてくださったのです。どうです? あの若さで、かなりしっかりしているとは思いませんか? それなのになぜか悪意にだけはかなり鈍いご様子。そしてそれはもう一人の騎士貴族にも言えます。私の予想ですが、アルフィン様の国は特殊な事情で彼の方が女王になられていますが、実権はまた別の方が握っているのではないでしょうか? そして、そのおかげでお若いアルフィン様は、まだあまり醜い政争の場には立った事がないのでは? そう考えたのです」
なるほど、それならば辻褄が合うな。
彼女が本当に女王だと言うのならば、なぜ国許を離れてこの様な場にいても国が混乱しないのかが疑問が残る。
だが本国には政治をつかさどる者が別にいて、アルフィン嬢は象徴、お飾りのような者と考えれば他国周辺でふらふらしていた所で何の問題も無いと考えられないか?
「ロクシー、お前の言いたい事は解った。確かにその予想通りなら箱入り娘と評するのも理解できる。だが、ならなぜ私を呼んだ? 確かに面白い娘ではあるが、私とあわせる必要は無かっただろう?」
「あら、お解かりにならないのですか?」
そう言ってロクシーは面白そうにころころと笑う。
うむ、この女は時に私の思いもよらない理由で動くからな、勝手な想像で話を進めるべきではないだろう。
「うむ、解らないな。なぜだ?」
「我が国の利になるからですよ。都市国家イングウェンザーにはかなりの価値があります。財力、希少金属、武力、魔法戦力。その幾つか、いやもしかしたらその全てが我が国に匹敵するかも知れません。そして何よりアルフィン様が良い。彼女は女王と言う立場についておられるので無理でしょうが、できたら陛下の元に嫁いでもらい、子をなして欲しいとさえ私は思っているのですよ。そうすれば聡明な御子がお生まれになるでしょうし、うまくすればあの方の膨大な魔力を受け継げるかもしれません。そうなれば我が国の未来は安泰ですから」
なんだ、今度はあの娘を私にあてがおうと考えたのか。
確かにあの娘は隣国のいけ好かない黄金や若作り、極度の綺麗好きたちのような欠点らしい欠点もない。
だが国を守るという観点で言えば、悪意に鈍いと言うのは少し気になるな。
しかし立場からロクシーは無理に私にあてがおうと言う気はないようだから、そのような心配をする必要はないかもしれないが。
「ああ、でもあのシャイナという騎士貴族は良いですね。あの胆力に強さとスタミナ。頭のほうは解りませんが、あれならよい子を産むでしょう」
「・・・勘弁してくれ」
あの無限のスタミナを持つ女性と床を一緒にするだと? 私に死ねというのか?
いざ実際に妻や愛妾にした場合、子をなす為ですという大儀の元、夜の営みでミイラのように性も根も搾り取られる自分を幻視して、ジルクニフは頭を抱えるのだった。
■
会談が行われる部屋へと続く通路を歩きながら、シャイナは前を歩くアルフィンの後姿を見つめながら考えに耽っていた。
「都市国家イングウェンザーとか言う仮初めの物・・・か」
そう言えばマスターはいつも考えていたわね、お客様第一って。
マスターが言う所の私たち自キャラは、なんとなくだけどユグドラシル時代にマスターが考えていた事を覚えているのよねぇ。
それは多分動いている時は常にマスターが私たちの体に入っていて、いつも色々な事を考えながら動かしていたからなんだろうと思う。
だって季節イベントやクエストをやっている時でさえ、頭の片隅ではマスターは常にギルド"誓いの金槌"のことを考え、そこに来るお客さんにどう楽しんでもらおうかと考えていたんだもの。
「そうだよ、私たちは都市国家イングウェンザーではなく、ギルド"誓いの金槌”である事を忘れてはいけなかったんだ」
そう、いつの間にか私たちは、この世界に来てから作った設定である都市国家イングウェンザーと言う国の住人であり、それぞれの地位を頂いていると言う"嘘"になれてしまっていった。
私はついさっきまでそんな風には考えていないと信じていたけど、マスターのあの言葉を聞いて自分の深層心理に気が付き、その勘違いを実感したような気がする。
NPCたちは私たちに従い、私たちはマスターに従う。
ユグドラシル時代ではありえなかった実感のあるこの立場が、私を少しずつ変えていってたんじゃないかな? でもそんな中であっても、マスターだけが変わらずギルド”誓いの金槌"のギルド長のままでいたのだろう。
そう、マスターは私たちとは違う。
マスターは私たち自キャラは自分の分身であり、魂が分かれたものだと考えているようだけど、実際の所私たちはマスターよりもNPCたちに近いんだと私は考えている。
ただユグドラシルでマスターの心に触れていた分だけ、他のNPCたちよりマスターに近い思考パターンを持っていただけなんじゃないかな?
でも、この世界に来ての殆どの時間を"シャイナ"と言う与えられた人格ですごす事によって少しずつ私という"個”が作られた。
そしてそれよって勘違いしちゃったのかもしれないわね。
この世界に来た当時、マスターは言ったよね? 私たちは別に凄い存在じゃないし、メルヴァやギャリソンより劣っている所もあるって。
あの当時からマスターは自分と言う存在をしっかりと保とうとしていたんじゃないかな?
別の世界に来て、今までとはまるで違う超常的な力を持った存在に変わってしまった自分。
でもそんな状態になってもけして流されないのはマスターの中に”お客様第一"と言う誓いの金槌の理念があるからなんだろうなぁ。
「そうだよね、私たちは超越者じゃない。ただ身体能力的に強いだけの存在なんだ。誰かより偉いわけでもなければ、誰かより優れた存在でもない」
今日、ギャリソンが叱られているのを見て私は再認識することができた。
自分と言う存在と力量をしっかりと認識し、お客様の好みと性格をしっかりと理解する事ができなければ心の底から楽しんでもらえるわけがないという心構えを、私"シャイナ"と言う存在は忘れていたんじゃないのか?
そしてその認識は私たちの根底であり、マスターに仕える私たちの根幹でもあるのではないのか?
そう思って目を向けると、そこには何も言わず行動を示す事でそれを教えてくれるマスターがいる。
ふふふっ。
「やっぱりマスターには敵わないなぁ」
先程のマスターの言葉を思い出し、一人満面の笑顔を浮かべながら決意を新たにアルフィンの後ろに身も心もつき従っていくシャイナだった。
あとがきのような、言い訳のようなもの
本来なら今週からジルクニフとの会談が始まるはずだったのですがハーメルンである感想を頂きまして、思うところがあったのでこの話を差し込みました。
その感想は国としておかしいのではないか? NPCの態度としておかしいのではないか? ロクシーの態度がおかしいのではないか? と言うものでした。
それでですね、これを読んで思ったのは「そう言えば後書きでは書いていたはずだけど、本編でははっきりと語っていなかったなぁ」と言う事です。
これではこう考えるのは当たり前ですよね、本文ではあまり触れていないのですから。
実の所主人公は自分を偉いと思っていないし、実力があるとも思っていません。
アインズがあれほどこだわっている支配者と言う立場でさえ、まるでこだわっていません。
(一番最初にこの話に触れているのはこのHPで掲載している5話の後書きですね)
だから国として侮られても別になんとも思わないし、自分のほうが地位は下だと思っているから相手にどのような態度で来られてもあまり気にしません。
あと、NPCはアルフィンたちに絶対に逆らわないとか、盲目的な忠誠心を持っているわけではありません。
これは主人公がそうして欲しいと願っているからです。
そして今回の最後でシャイナが語っているように、彼ら"誓いの金槌"はパーティー業務をやっているギルドでもあるので、お客さんに気持ちよく帰ってもらえるよう”おもてなしをする”と言う理念を持っています。
そんな彼らですから、クレーム(悪意)を向けられても、相手がお客様なら笑顔で返す事ができます。
これはリアルの主人公がそういう理念を持っており、それを皆が受け継いでいるからです。
この手の話って後書きで解説してるけどハーメルンでは前書きや後書きで説明をだらだらと書くのを好まないようなので端折っているんですよ。
でも、だからこそ曖昧な表現でもちゃんと伝わるような文章を書く力量を私が持っていないのだから、本文にもどこかで解るエピソードを入れないといけなかったのに今まで入れてなかったのだから、指摘されるのも当たり前と言えば当たり前ですねw
と言う訳ではっきりと明言するようにこの話を入れました。
これで少しは違和感を緩和できたでしょうか? できてたら良いなぁ。